宮城への思い | 愛知治郎 公式ウェブサイト

宮城への思い

「みなし仮設」制度は、被災者の方からお預かりした声を
国会で訴えることで、実現できました。

私の郷土宮城県は平成23年3月11日にあの忌まわしい東日本大震災に見舞われました。

多くの貴重な人命が奪われ、あまりの甚大な被害に一瞬頭が真っ白になりました。しかしすぐに思い直し、今自分に出来る限りを命をかけて行うと決意し、被災地を回りました。無我夢中で、すべての持てる人脈という人脈を頼り、お願いをし、物資の手配をさせていただきました。炊き出しにも伺いました。そのような中、1枚のFAXが届きました。

「着の身着のままで避難してきましたが、避難所はいっぱいで、仮設住宅もいつできるのか分からない状態でした。すぐにアパートを借りることにしたものの、現実には収入もなければ、先の見通しも立っていません。
少しでも良いので、なんとか助けてもらいたい」

という、悲痛に満ちた声でした。

私は早速、この声を予算委員会で取り上げ、その結果、「みなし仮設」を制度として実現することができました。

仮設住宅での支援活動

震災より2年以上の月日が経ちました。
宮城県だけでも、仮設住宅には48,453人(H25.5.1現在)、みなし仮設には54,925人(H25.5.1現在)、その他を含めれば103,378人(H25.5.1現在)の方々が、未だに仮の住まいに身を寄せているのです。更に、各被災自治体におけるマンパワーの不足も、現在の深刻な問題であり、全国から1,033名の職員の派遣をいただいていても、苦しい行政の状態です。

あの時、日本全国のみならず、世界各国の本当に多くの方々から、あたたかい手がさしのべられてきました。 そして皆で力を合わせて、これまで未曾有の大災害に立ち向かうことが出来ました。 未だ復興は道半ばであり、まだまだ大勢の方々が苦しんでいらっしゃいます。しかし、この力があれば必ず乗り越えられるはずです。

私は絶対に忘れない!
人々のすばらしい「想い」と「力」を、そして、政治家としてのあるべき姿を。